SEMINARセミナーレポート

MANABI MIRAI MEETING 2017 【トッププレゼンテーション】海城高等学校 校長特別補佐 中田 大成 氏 〜アウトカム重視の改革から計算不可能なことを設計する改革へ〜

海城高等学校(東京)
校長特別補佐 中田 大成 氏

2017.10.31その他

2017年9月23日に、リクルート本社ビルにて開催されたMANABI MIRAI MEETING 2017。半歩先の教育のカタチをみんなで考える場として、多くの教員の方々にご参加いただきました。本レポートは、プログラムの中のトッププレゼンテーション講演を、書き起こし形式でお届けします。

この四半世紀、学校改革に努めてきたという海城中学高等学校。「改革」の目的も中身も、時代によってさまざまだったようです。それぞれの改革の歴史はどういったものだったのか。また、現在進めている改革はどのようなものなのか。「アウトカム重視の改革から計算不可能なことを設計する改革へ」と題して、校長特別補佐の中田大成先生にお話いただきました。

「アウトカム重視の改革」から「計算不可能なことを設計する」改革へ

皆さんこんにちは。東京新宿にございます、私立海城中学高等学校の校長特別補佐、国語科の中田と申します。本校の校長は、初の民間企業出身で、まだ今年で3年目なんです。決してお飾りというわけではないのですが、間違ったことを伝えてもいけないということなので、私が行くように指示を受けました。僭越ですが、私からお話をさせていただきます。

「新宿にあります」と言うとちょっと格好良さげなんですが、より詳しく言うと、新大久保です。韓流の街で、ひょっとすると日本で一番猥雑かもしれない場所です。立地は決して良くありません。

イメージもあまり良くなくて、いわゆる御三家レベルの男子6年一貫校といえば、例えば麻布さんだとか駒東さんというのはスマートで、例えて言うならばシトラスの香りがするような、そんなイメージですけれども、うちの学校にはすぐ近くにロッテの工場がありまして、いつも甘いガムの匂いがする、そういう学校です。その工場も今年の夏ついに解体されましたけれども。

そういったあんまりイケていない学校ですけれども、そんな学校の改革の歴史についてお話したいと思いますので、しばらくお付き合いいただければと思います。

さて、本日私が持ってまいりましたテーマは、ちょっと難しい言葉ですけれども、「アウトカム重視の改革から計算不可能なことを設計する改革へ」というものです。

本校、実はこの四半世紀、永続的に学校改革に努めてまいりました。1990年代が第1期、2000年のゼロ年代が第2期、そして今の10年代は、第3期の半ばを過ぎたところです。

第3期へきて、我々の改革も一つ、新たなフェーズに入ったかなと感じています。質的な大きな転換を迎えようとしているということです。それを「アウトカム重視の改革から計算不可能なことを設計する改革へ」とまとめました。

平たく言いますと、これまでは、「こういった能力を持たせるために、こういったプログラムを用意し、それを子どもたちに与える」と、そういう設計主義的な改革でした。

それがここにきて、「すぐに何らかの能力、あるいは実用的なものにつながるかどうかはわからないけれども、ひょっとするとこれが将来何か熟成したり、他のものと化学反応をして、大きな花となって開くかもしれない。そこにこそ、未来に対する可能性、希望があるのではないか」という考えの元、新たな改革を、我々は一歩進めつつあるということです。

この改革の歴史をたどりながら、我々が歩いてきた道と、その後我々が目指す方向についてお話申し上げたいと思います。

時代が求める人間力と学力が備わった人間を育てる

ではそもそも改革はいつどういう動機で始まったのか。起点は1992年、この年を我々は改革元年と称しています。一つのきっかけは、東大に入ってからの留年率の高さということがあります。

皆さんご存じだと思いますけども、東京都内の私立の学校が、こと進学実績という点で都立を凌駕していくのは、大体1970年代から80年代です。67年に都立高校において学校群制度が導入され、成績が良くても必ずしも行きたい学校に行けないということを嫌った受験生たちが、私立の方へ目を向けてくれた。

その後、その期に長じてと言ったら悪いですけども、私立の多くの学校は受験実績を上げてきます。本校もその例にもれず、70~80年代に、平たく言えば成り上がっていった学校です。80年代の半ばぐらいまでは、早慶においては日本のトップレベルの数値を上げていました。80年代の半ば以降は、いよいよ東大をトップとする国公立大学、難関大学のほうへシフトしていく。80年代の後半から90年代にかけていくと、安定して40名から50名近い、東大の合格者数を上げています。

ところが、東大に入ってからの留年率が、年によっては最も高い出身校であると、こんな指摘をいただくわけです。口さがない人には、海城はいわゆる「受験少年院」みたいな学校だと言われたりもしました。

こういう事態になって、我々教員も反省する部分がありました。それから当時「受験合理性」と言っていましたが、それだけを求めて教育をしていることに対して、教師としての実存的な意味での疑いが出てきたわけです。

また、なぜ92年が改革元年であったかというと、実はその前年、91年に、我々の学校は創立100周年を迎えたわけです。

そもそもうちの学校がどういう学校なのかと言いますと、1891年、明治24年に、佐賀藩出身の古賀喜三郎という人が、海軍兵学校の予備校、そのままずばり「海軍予備校」という名前の学校を建てた。これがそもそもの成り立ちなわけです。その当時、いかにも明治らしいですが、建学の精神として「国家社会に有為な人材の育成」というものを古賀喜三郎は唱えたんです。

100周年を迎えるに当たって、もう一度この原点に返ろうじゃないかと。社会に出て活躍できる人材をつくらなければ、我々のアイデンティティはないだろうということで、改革が始まっていったわけです。

では、いったいどういう人間が、あるいは人材が、これから社会に出て活躍できるのでしょうか。我々がイメージしたものは非常にシンプルな人材像でした。それは、人間力と学力がバランス良く身に備わった人間。ただし、学力にも人間力にも、その時代その時代が要請する「新しい学力」や「新しい人間力」があるだろう。それはいったいどういう能力なのか。また、それはどのようにすれば子どもたちに学ばせることができるのか。

この課題に対する取り組みが、主に第1期、第2期、20年にわたる取り組みだったわけです。この取り組みに関しては、一定の回答を我々は今用意することができました。

この第1期、第2期の改革をまとめたのが、『時代が求める力』というタイトルのリーフレットです。ここに、この20年の改革の歴史をまとめました。三つ折りのリーフレットですので、最初のページを開いていただきますと、2ページ広がります。左側に建学の精神ですね。そして、今申し上げました、理想とする人間像の図が右下に書かれています。

「新しい人間力」、対話的なコミュニケーション能力とコラボレーションの力

では、「新しい人間力」とはどういうものか、「新しい学力」とはどういう能力要件を言うのか。これを今日は図式化してあります。「新しい人間力」として我々が考えたのは、結論から言うと2つの能力です。

それは対話的なコミュニケーション能力と、コラボレーション能力です。92年といいますと、91年の暮れにソ連邦が崩壊して、いよいよグローバル化が本格化していきます。国境を越え、国籍の違う人間や、文化背景の違う人たちと関わっていかなければいけない。

日本の社会も非常に成熟化してきていて、価値観が多様化している。自分の常識と相手の常識が一致しないかもしれない中で、その違いを乗り越えて共生していく。そのための能力は、暴力ではなくて、共生のための対話的なコミュニケーション能力だろうということです。

もう一つ、いつの時代も人間は常に労働と関わって生きていかなければいけない。かつてのように同一性をあてにできた日本では、以心伝心でわかり合えて、そういう意味では非常に効率の良い労働ができたわけです。でも、じゃあ違うもの同士が一緒になるとどうなるのか。

ここも発想の転換で、同じ人間が3人寄っても、所詮1+1+1は3止まりです。しかし、違うもの同士がいいところを引き出し合って、それをうまく組み合わせることができれば、シナジー効果が生まれて4や5になる。そういうスキルこそを学ばせよう。それが我々の目指した新しいコラボレーションの力です。

「新しい学力」、課題・設定解決の能力

次に新しい学力。これについては2020年の入試改革、あるいは教育改革と併せて、今や国民の間でも常識化されていますが、当時はあまりそういったことについての言説はありませんでした。

そこで我々が考えたのは、今でいう課題設定解決の能力です。日本の社会がシステム的に非常に複雑化していく中で、さまざまな問題が内部矛盾的に起きてきている。例えば、少子高齢化は世界でおそらく最も速く進んでいく。

そういった問題の解決策や処方箋を、他国に求めることはできない。自分たちで考えるしかない。だとしたら、そこで新たに必要とされるのは、従来の知識獲得・定着型の能力ではなくて、課題設定・解決の能力だろう。それは大きく四つの能力要件からなる。

一つは、問題を発見した後、課題を設定する力。二つ目は、それを解くために必要な情報を集める力。三つ目に、それをさらに分析、熟考し、何らかの価値判断を加えて、ソリューション、解決方法を導き出す力。最後四つ目に、それを周りにわかりやすく表現し、実行に移す力です。こうした能力の統合体として、我々は「新しい学力」というものを考えたわけです。

では、どういうプログラムを使えば、そういった学力を子どもたちに養うことができるのでしょうか。

いろんなリサーチをし、試行錯誤をした結果、我々が採用しているものを、このリーフレットにまとめてあります。

まず「新しい人間力」ですが、こうした能力は、例えば道徳の授業で「こういうときにこういったことはしてはいけません」と、座学の徳目主義的な教育をいくらやっても実際には使えないだろうと。それは身をもって学ぶような体験学習がいいのではないかということで、いろいろ探しました。

そこで見つけた一つは、アメリカで発祥したプロジェクトアドベンチャーという、グループで課題に取り組んで、それを解決していくというプログラムです。もう一つは、ドラマエデュケーション。これはイギリスやヨーロッパで行われている、演劇的な手法を使って、人間関係力その他を養うプログラムです。

また、「新しい学力」養成については、当時からすでにこうした能力は生徒参加型の探求型総合学習が有効だということは言われていましたので、改革元年より、社会科がまずは先陣を切り総合学習を始めていきます。ゼロ年代に入ると、理科もそれに追随して、今でいうアクティブラーニング系の授業をどんどん増やしていきます。

プロジェクトアドベンチャーでディープアクティブラーニングを

もう少し詳しく見ていきましょう。新しい人間力養成のプログラムとして、まず一つ目にプロジェクトアドベンチャ―というのを採用しています。ここは八王子にある高尾の森わくわくビレッジというところですが、こちらは単なるアスレチックではなく、プロジェクトアドベンチャー(PA)専用の施設です。

本校に入学しますと、中1と中2の春、生徒たちはここへ行ってPAの基本を学んできます。どういうことをやるかというと、中1のときは、こういった地上の低いところに設えられたローエレメントというものを使ったアクティビティをやります。

これは非常にシンプルなアクティビティですが、生徒1グループをランダムに丸太の上に乗せ、課題を与えます。「向かって左側から順に、生年月日順に並び直しなさい。ただし、もちろん下に降りてはいけないし、一切言葉は使ってはいけません」というような課題です。

「さあやりなさい」と言って、時間をかけてやりますが、きれいに並び直せるグループもいれば、そうでないグループもあります。

他に、これはジャイアントシーソーと言いますが、例えばこれは一番簡単な課題ですけれども、全員初めは地面に立っているんです。そして、シーソーのバランスを一切崩さずに全員が上に乗る。あと残り2人のところまできていますが、この班はここまでくるのに二十数分かかっています。

それから、これはターザン綱渡りと言います。向こうの島からこちらの島へ全員が渡るわけです。まだ2人目ですからスペースがありますが、このスペースに全員が乗らなきゃいけない。それには何らかの工夫が必要になります。

PAで大事なのは、一つひとつのアクティビティをするごとに、全員でこうやって集まって振り返りをすることです。ここで気付きを持たせるわけです。こういうときにグループとしてどういうことに気を付けたらいいか、どういったことが大切かということにまず気付かせるわけです。

その際大事なことは、個別の経験で得た気づきを、類似のケースのときに、応用できるように一般化していくことです。今アクティブラーニングに対して、ディープアクティブラーニングという言い方がありますけども、深さというのはそこにあると思っています。

中2になりますと、ハイエレメントといって、このように高さ十数メートルのところに設えられたエレメントを使ってアクティビティをやります。非常に高い。教員も研修でやりますけども、半分以上の先生はここに登れません。登っても、ワイヤーに渡ると同時に、足が震えて、この柱にしがみついて凍り付いてしまう、みたいな感じです。

これ強制的にはやらないんです。PAはチャレンジバイチョイスといって、あくまで生徒に選択させて行います。では、登らない生徒は何をしているかというと、彼らの背中から滑車を通じて降りてくる、この命綱をグループごとに支えてあげるわけです。一つ間違えると大変な事故になりますので、前の晩、体育館できちんと使い方を教えます。

こういうリスキーなアクティビティにチャレンジさせることによって、人間が勇気をもって何かにチャレンジするときには、必ずこのように目に見えなくても仲間の支援が必要だということ。しかもそこには信頼がなければいけないということを、身をもって学ばせていくわけです。

ドラマエデュケーションで人間関係力を学ぶ

さて、もう一つの体験学習であるドラマエデュケーションですが、これは演劇的な手法を使いながら、人間関係力を学ぶプログラムです。

先ほどすずかんさん(鈴木寛さん)からお話がありましたけれども、すずかんさんが文部副大臣になられたときに設置された、こういう体験学習授業の補助金があるんですが、以来、本校は毎年これをいただいて実施しています。

中2と中3でやっていますけれども、こちらは中2の授業です。新大久保の商店街の方や神主の方、あるいは教員の知り合いの方、総勢40名近い方が来てくださって、自分の人生について語って下さいます。グループごとこれを正確に聞き書きしていくわけです。

その聞き書きを寄せ集めて、もっとも印象的なシーンを舞台にしていくわけです。最後にはそれを、スピーカーになってくれた方もゲストとしてお呼びして、クラスごとに発表していきます。1回2時間続きのものを3週に渡って行います。ファシリテーターは世田谷パブリックシアターの専門の方がやってくれます。

これ、けっこう大事な気付きを持ちます。まずは各人が聞き書きした話を突き合わせます。ところが、同じ時に同じ人から聞き書きしたものなのに、中身が微妙に違っている。加えて、一人ひとりが頭に思い描いているイメージはだいぶ違うということに彼らは気付くんです。人間はわかり合えると思いがちだけど、決してそうじゃないという気付きです。

でもそのままでは芝居はできません。そこでイメージのすり合わせをするわけです。これが対話的コミュニケーションの基本になります。

最後、自分たちの作品を届けなければいけない、観客に届けなければいけないわけですが、独りよがりのものをやったりすると、非常に厳しい駄目出しがファシリテーターから出ます。

演劇というものは、相手に伝えて初めてなんぼの世界なんだという意味です。この経験は彼らにとって非常に大きいです。

芸術教育で感受性を磨くことの重要性

中3になるともう少しレベルが高まります。鈴木さんのご尽力もあって、平田オリザさんの弟子筋の方々が来てくれます。弟子筋といっても、岸田國士戯曲賞を取った方だとか、この方は埼玉のキラリふじみの若き芸術監督の多田さんですけれども、そういった方々が、自分の劇団員を連れて、4グループぐらいが来てくださるんです。

演出家の方ごと2クラスずつ担当して、やはり2時間ずつ、3週に渡ってやります。例えばこの授業ですけれども、中3は修学旅行に行くので、それがテーマです。多田さんは、彼らに「修学旅行に行ったらば、グループ全員が写っている写真を1枚とにかく撮ってきなさい」と指示します。その写真に対して、帰ってきてから課題が与えられるんです。

これ、向こうに鳥居が海の上に見えますから、安芸の宮島でしょう。生徒が海に落ちそうになっているのか、落とされそうになっているのか、よくわかりませんが。「この写真をきっかけに、その前1分とその後1分のストーリーを自分たちで考えて演じなさい」というような課題です。

中3になると、単なる人間関係力ではなくて、創造性、そういったものも学んでもらっています。これもきちっとした練習をした後、保護者の方もお招きして、講堂で発表会が開かれます。これは単なるコミュニケーション授業を超えて、芸術的なアートの次元に入ってきていると思っています。

横道にそれますが、今我々は芸術教育をかなり重視しています。それは2つの観点からです。1つは、STEM教育からSTEAM教育へ。ご存じの通り、Science、Technology、Engineering、Mathematicsですね。これらの教育が今、アメリカで科学技術開発のために重視されていますが、その発展形としてSTEAM教育ということが言われています。Aが入ります。Artですね。イノベーティブなもの、創造的な技術、こういったものには、ジョブズじゃないですけども、どうしても創造的な、芸術的な感性が必要だということです。

もう一つ、アメリカのネオプラグマティストである、リチャード・ローティ、もう10年ぐらい前に亡くなりましたが、彼の感情教育論が、今アメリカでは結構支持されています。彼はプラグマティストですので、大きな物語やイデオロギーは無効化している。この世界を少しでも良くするには、まずはこの残虐な出来事、残虐性の排除ということが一番の目的だろう。そのためには、共苦、共感能力ですね。端的に、ここに苦しんでいる人がいたときに、その苦しみを感じ取れる、そういう感受性を子どもたちに持たせる。それで想像力を広げて、少しでもより遠くのものに広げていくこと。それこそが連帯や共生につながるんだ、というのが彼の主張ですが。

こうした感情教育論が今アメリカではけっこう広がっていると聞いています。我々はこれをやりたいと思っています。

いくらこれ(STEAM教育)ができても、こちら(感情教育)ができなければ、「経済回って社会回らず」になってしまいます。グローバル企業に入社して、お金を儲けて、稼いだ金を全部自分のポケットに入れてしまうような人材をいくら育ててもやっぱり無意味だろうと我々は思っています。

中1から高2まで、本校では古今東西の芸術鑑賞をやっていますが、これは去年の高1ですが、演劇の授業の延長でついに劇団の人たちと一緒に、生徒たちの希望者が芝居をつくるというところまできました。シェークスピアのジュリアス・シーザーを去年演じています。

また、感受性という意味では、ずっと本校では中1から生徒には油絵を描かせています。ご存じの通り、油絵は幾重にも幾重にも絵の具を塗り重ねていくわけです。それは自分自身の感受性との対話です。

中1の2学期、生徒は全員自画像を描きます。自分自身をまずは感じる力。それが他者を感じる力にもなっていくという考えですね。

取材する力、論文をまとめ上げる力をつける

話をもとに戻しましょう。「新しい学力」プログラム。こちらが改革の元年から始まります。先ほどお話申し上げましたように、その先頭を切っていったのは社会科です。今本校に入学しますと、中1~3年生の週4~5時間用意されている社会科の授業のうち半分の2時間は一切教科書を持たせません。

何らかの課題を与えるか、自ら課題を選び、まずは取材に行き、情報を集め、それらについて分析、熟考したうえで何らかの価値判断を加えて解決法を導き出し、プレゼンしたり、ディスカッションして、自分の考えを洗練させて、毎学期レポートにまとめます。

本校の社会科総合学習の特徴は中1の2学期以降、必ず取材に行かせるということです。企業、役所、病院、大学。一人ひとりがアポを取って必ず行きます。それでレポートを書いていくわけです。

中1の1学期は原稿用紙7、8枚です。これが2学期9枚、3学期には10枚ぐらい書けるようになる。中2でまた3回書くと20枚ぐらい書けます。

そしていよいよ中3の1、2学期かけて、一人ひとりが課題設定をして卒業論文に取り組みます。ある年の卒業論文の目次ですが、例えば、「高速道路の発展は必要か。無料化とネクスコ東日本の取り組みから考える」。取材先は、「国土交通省、東日本高速道路株式会社、財団法人自動車検査登録情報協会」。以下、「練馬区の農地問題」。「小田急線に複線化は必要だったのか」。中学3年生ですが、中1から毎学期毎学期こういったことを積み重ねた結果、彼らが選ぶ問題は非常に多岐にわたっていますし、深いです。

論文はきちんとした論文形式です。タイトル、サブタイトル。「はじめに」、もしくは「序章」で書き始めて、第1章・第1節、第2節と章節仕立てにし、盗作や剽窃が起こらないように、必ず巻末には引用注をつけさせ、そして参考文献、取材先、さらに説得性を持たせるための資料や、自分で撮ってきた写真も付け加えさせる。

こうして生徒一人ひとり、最低30枚、多い生徒ですと50枚の卒論を書いている。もはや本校を出た生徒が、大学へ行って留年することはあまりありません。むしろゼミでも演習でも、率先してプレゼンをしたり、レポートをまとめています。

さて、2014年末に中教審の答申が出ました。2020年度より大学入試が変わる。しかしそれは、その前の高校と後の大学の教育すべてを変える、三位一体の改革だと。これをやらないと日本の将来は危ういということでした。そういう意味で、150年とか300年に一度の大改革だと言われているわけですが。

そこで目指される人材像の要件はこの3つでしたね。知識・技能、思考力・判断力・表現力、そして、主体性・多様性・協働性。これを測るテストとして、去年発表されたのが、高大システム改革会議の最終報告でした。

中間発表では、その構造図はこうなっています。従来の知識、技能だけであれば、センター試験、穴埋め・選択によるマークシート方式のテストで良かったわけですが、これらの力(思考力・表現力・判断力)も測るということで、いよいよ、条件付きですが記述問題が出題される。

さらにこういったもの(主体性・多様性・協働性)を深く測るために、個別大学入試では小論文などが設定されるわけです。本校の改革は92年から始まっていますが、実は社会科の入試はこの年より半分近くが記述問題です。ただしその記述問題はまさにこれです。条件付き記述問題。本文を一つ読ませた後で、文章中のある傍線部に関する設問を、それに関連する資料から必要な情報を抜き出して相互に関連付けて答えさせるというようなテストです。

ですから、本校の生徒はほぼ、もう中学に入る段階でこれが試されています。ただ、この力は、難関大学を受けに行っているような生徒たちにとっては、従来二次試験でクリアしなければいけないものですから、どうってことないわけです。問題はおそらくこれからはここ(小論文・解答の自由度の高い記述式)でしょう。

ですが、これについては本校の生徒は、もはや中3で最低30枚の論文を全員が書けるところまで来ています。そういう意味では、改革は我々にとって追い風かなと思っています。理科も2000年代に入ると、これを追随して、このような自主教材をつくって、例えば中1で化学をやりますけども、年間24回は実験室で授業をやっています。

第3期の改革、グローバル対応とICT環境の整備

第1期、第2期のこうした改革を経た後、2010年代に入って、我々は第3期の改革に入りました。

遅ればせながらですが、第3期の前半では、グローバル対応を進めていきます。2011年、本校は高校募集をやめました。変わって、中学から30名帰国生を迎え入れ、各クラスに均等に配置して、少しでも学内のダイバーシティを高め、そしてそこで異なる体験を共有していくという学習環境を設定しました。

翌年の12年には、グローバル教育部という新しい校務分掌を設けて、帰国生の支援だけではなく、これから必要とされる4技能重視の英語学習のために、一般生向けのモチベーション開発のさまざまな工夫をしたりしています。例えば中2、中3では夏にイングリッシュキャンプといって英語漬けの合宿をしたりします。また、在学中に海外へ目を開かせるという意味で、どんどん海外へ出ていく、そういった支援。

で、いよいよ出口の部分です。海外の大学へ直接進学していくためのスタッフとノウハウを蓄えはじめました。これは英語の先生で、高校時代、海外に留学した先生方の説明会です。これは海外進学の専門カウンセラーによる説明会ですが、毎年参加者が増えています。

第3期の後半ですが、2015年、折り返しの地点で、これまた遅ればせながら、ICT環境の整備に入りました。2015年のうちには2学年の教室。そして去年の4月には全教室に電子黒板機能付きのプロジェクターとホワイトボード、さらに両側に高性能のラインスピーカー。そしてもちろんWi-Fiを全教室に設置しました。

教員は1人1台ずつiPadProをデバイスとして持って、今は英語の授業はほとんどこういったものを使わなければ、授業はできない状況です。

それから、ICT教育部というのも、去年の4月に設置しました。9月にはICTラボといって、先生方がICTを活用した授業をデザインしたりするために、自由に意見交換ができる、くつろいだ空間もつくっています。

中学3年生全員にデバイスを持たせる

今年の4月ですが、いよいよ中学3年生にデバイスを1人1台ずつ持たせることにしました。もちろんそれはeラーニングとか、あるいは今日出てきたような形のアクティブラーニングのツールとして利用するというのがありますが、中学3年生に持たせたのには理由があります。

どうして彼らに持たせたかというと、最終答申の中で、この部分がより詳しくなっていますが、小論文プレゼン以外に、面接、推薦書、調査書云々と出てきます。本文の中ではより詳しく、先ほどの学力の3要素を多面的、総合的に評価するということが書かれています。

具体的には「調査書、活動報告書、各種大会や顕彰等の記録、資格、エッセー云々」です。実際、東大の推薦入試や、京都大学の特色入試ではそういったものが重視されています。幸い本校は2年連続して東大の推薦入試合格者を出していますけれども、これに関わった担任の労力は大変なものでした。調査書を書き上げる。これが数十名に及ぶと、とてもじゃないけれども担任の手に負えない。

そこで、必要とされるのがポートフォリオ(Portfolio)です。生徒一人ひとりが3年間にわたる学習履歴をきちんと蓄積していく。それが電子化されたものが、eポートフォリオ。これを、今年の中3から持たせています。

eポートフォリオは、単にエビデンスとしての記録だけではなくて、書く行為を通じて自分を内省し、自分の学習を深めるというような意義もあると思っています。今年より、この分野の第一人者である学芸大学の森本教授と共同研究を始めました。生徒一人ひとりがきちんと記録するためには、さらにそれでもって自分の学びを深めるにはどうしたらいいかということを研究しはじめています。

計算不可能なことをあえてする

さて、これで受け皿はできたわけですけど、そこに詰め込むものをより豊かにしてあげたいという思いがありました。従来もクラブ活動や教科外活動で、彼らに活動の場を与え経験を積ませていますけれども、より豊かなものをつくりたいということで、2年かけて協議してきました。

それが冒頭で出てきた「計算不可能なことをあえて設計する」ということです。そういった我々の考え方をくしくも表している言説が取れたので見ていただきたいと思います。

これ、今年の上半期のベストセラーになった中公新書の歴史書、『応仁の乱』です。著者は呉座勇一氏。氏というのはなんなんですが、実は彼は本校の卒業生です。改革2年目、93年に入学してきた生徒です。

今回著書がベストセラーになったということもあって、彼が本校のOB会誌『海原』でインタビューを受けています。前半では、どうして自分が中世の歴史をやっているのか。日本の中世の多極化した権力構造が、冷戦以降の世界の今の状況とかなり類似性があるということが彼の研究の一つのモチベーションになっているみたいです。

後半の最初に海城生活を振り返り、最後に現役生に対してメッセージを書いてくれています。

ちょっと詳しく見ていきましょう。回想です。「海城時代で思い出されるのは、林敬先生の日本史だ。」高2、高3で取ったみたいです。「林先生の授業は内容が大学受験レベルを超えていた。細かく掘り下げるものだから進みが遅く、このままでは江戸時代で卒業を迎えてしまうということで、長期休みにも補講もしたが、それでも明治の頭ぐらいまでで卒業を迎えた。」

一応林に確認したんですが、林曰く、「呉座は勘違いしていて、昭和の頭ぐらいまではいった。」と言っていましたけれども。

(会場笑)

「それにしても130時間近く補講をしたって、お前それちょっと異常だろう。」と思いましたけども(笑)。呉座くんはさらにこう言っています。「そのマニアックな授業は日本史にある豊かな世界を教えてくれた。今こうして日本史の研究者となっているのは、ちっとも進まない林先生の授業のおかげだ。」と。

これを踏まえて、在校生たちにはこう言っています。「海城時代に触れた、直接受験に関係ないことが教養となり、気付けば役に立っている。海城生には、受験に特化しない教養を身につけてほしい。」

「あと『応仁の乱』も受験の役には立たないけど、ぜひ買ってください。」と、セールストークまでしていますけれども(笑)、これですね。すぐに役に立つ。こういう目的でこういうことをやるというアウトカム重視のことは、僕らはもうある程度できたと。

中3までに一定のリテラシーと人間力としてのコンピテンシーはつけてきた。その先何をやるかは、「これだ。」と、我々は今思っています。

ちなみに今はこんなふうに腕を組んで立派にしていますが、中学の時代はこんなあどけない顔をしています。

(中学時代の写真投影)

(会場笑)

これ勝手に卒業アルバムとかから持ってきたんじゃなくて、彼のツイッターの表紙になっているものです。それだけ母校を愛してくれているんだろうと思います。

偶然性によって希望を花開かせてほしい

さて、我々がいよいよこの4月から始めた「特別講座KSプロジェクト」。これは、単に豊かな経験をし、それをeポートフォリオに書き、調査書に書いて受験に備えるというような、そんなみみっちい話ではないです。

彼らが社会に出て本当に活躍する。呉座くんのように、それなりの仕事をするためには、今すぐに役立たないかもしれないけれども、先ほども話したように、いずれそれが熟成したり、他の要素と組み合わさって花開く、そういった種を蒔いてあげようじゃないか

そして、二つのことを目指しています。そういう形の創発を生み出すような種まきをすることと、生涯にわたって学び続ける。そういうきっかけを与えようと。もはや北欧、フィンランドやスウェーデンは、PISAのテストの点数が何点だとか何位とかじゃなくて、生涯わたって勉強し続けられる制度設計に力を入れているといわれていますが、それが大事だと思います。

 そこで必要だと思ったのは二つです。多様な興味関心を深堀り、掘り起こすということです。ディープにそれを、彼らの興味関心を深く掘ってあげること。それから、ここには書いてありませんが、この講座の特徴は、必ず外の場所につながっていくことです。

その代わり、それをやるならば、教員も教科を超えてこういったことをやりたいということで、チームを組んで、自分たちの好きなテーマを設定し、曜日も、それから学期途中でなくても、学外に出てもいいよという、自由な学びの場を設定しました。

1学期、こんな講座が出てきています。「SDGsゼミ、Sustainable Development Goalsゼミ」です。国連のSDGsについてみんなで学び合おうというもの。それから、「プログラミング講座」については、理科と数学の先生がZ会と組んで講座を作りましたが、40人に対して120人近い生徒が申し込んでいます。

それ以外に、「総合フィールド演習」。あるいは、生物化学実験の動画を自分たちで撮って編集して、本校と交流のあるモンゴルの子どもたちにスカイプを通じて届け、交流する。モンゴルはまだ実験施設が十分に整っていないので、そこと関わるというようなプロジェクトです。

こういったことを今進めていますが、私が考えている一つの思想的な背景としては、先ほど出てきた、リチャード・ローティの「偶然性・アイロニー・連帯」という主著のタイトルが示唆的です。

今我々がたどった世界の歴史の帰着点は、「偶然性」にかなり依存している。「アイロニー」というのは、自分の考えを絶対化せず、常に自己批判的であれということ。その上で端的な共感能力によって世界を「連帯」化していこうという考え方です。この「偶然性」ですね。

すぐにどう役に立つかわからない。でも彼らに何かを託そう。そして偶然性によって希望を花開かせてほしいなと、そういう思いで新たな取り組みを進めています。

上半期、東浩紀さんが出した『ゲンロン0観光客の哲学』というのも非常に評価をされていますが、彼の本の最後のほうも、やはりリチャード・ローティをかなり引用しています。そういったものも私の考え方の背景の一つとなっています。

どうもご清聴ありがとうございました。

MANABI MIRAI MEETING 2017  海城高等学校 校長特別補佐 中田 大成 氏 ~アウトカム重視の改革から計算不可能なことを設計する改革へ~

2017年9月23日に、リクルート本社ビルにて開催されたMANABI MIRAI MEETING 2017。半歩先の教育のカタチをみんなで考える場として、多くの教員の方々にご参加いただきました。

この四半世紀、学校改革に努めてきたという海城中学高等学校。「改革」の目的も中身も、時代によってさまざまだったようです。それぞれの改革の歴史はどういったものだったのか。また、現在進めている改革はどのようなものなのか。「アウトカム重視の改革から計算不可能なことを設計する改革へ」と題して、校長特別補佐の中田大成先生にお話いただきました。

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